さなぎやま
静岡県沼津市戸田
戦国時代末期の駿・豆国境で武田水軍との海戦を繰り広げていた北条氏は武田水軍の来襲に備え、真城山(さなぎやま)を起点とした狼煙による緊急連絡体制を浦々一致協力して構築するよう指示されていました。 井..
戦国時代末期の駿・豆国境で武田水軍との海戦を繰り広げていた北条氏は武田水軍の来襲に備え、真城山(さなぎやま)を起点とした狼煙による緊急連絡体制を浦々一致協力して構築するよう指示されていました。 井田の高田家に残る古文書には、 敵船を発見したらすぐ狼煙を挙げること。一カ所の狼煙をみたら、諸浦一同、狼煙をあげ、狼煙を見た者は相互に確認の狼煙を あげるべし。 見届けを怠った者は重罪に科す。猶、狼煙次第味方の船を出し、打ち留めること、油断なきよう。 という「虎の印判状」が残されています。