うさぐうみろくじあと
大分県宇佐市南宇佐2337
今は寺院の跡が残るのみですが、宇佐宮関係の史料によれば、725年に八幡神を現在の小椋山に移したとき、東方の日足の地に弥勒禅院を建てたことが記されています。また、738年に金堂・講堂を建立しており、こ..
今は寺院の跡が残るのみですが、宇佐宮関係の史料によれば、725年に八幡神を現在の小椋山に移したとき、東方の日足の地に弥勒禅院を建てたことが記されています。また、738年に金堂・講堂を建立しており、このころ着手して奈良時代に完成したものと考えられています。
今は寺院の跡が残るのみですが、738年頃から着手して奈良時代に完成したものと考えられています。
宇佐神宮六郷満山霊場 二番札所