だいがくいんくまのじんしゃ
青森県むつ市新町50-2
大永四年(1524)大覚院の祖先、真知坊という山伏が紀州熊野に於て修行し、霊験を体得し北に進みこの地に勧請した。殊に三代巨泉海坊は弘治三年(1557)旧四月八日、自ら火に投じて鎮火の行事をし氏子崇敬..
大永四年(1524)大覚院の祖先、真知坊という山伏が紀州熊野に於て修行し、霊験を体得し北に進みこの地に勧請した。殊に三代巨泉海坊は弘治三年(1557)旧四月八日、自ら火に投じて鎮火の行事をし氏子崇敬者の危急を救ったので「行人塚様」として称えられている。兼務社の遥拝殿にもなっている。例祭には各社の総代・崇敬者多数参拝し、祭事後は神道講話をおこなう。 田名部海辺一二十三観音札所の第二十九番札所。
熊野久須美命 櫛御気野命 御子速玉命 火迦具土神 釜臥山大神 泉海命
6月19日
有り