社伝に、文化十二年(一八一五)六月二十五日、三宅氏十二代康和の遠祖である児島高徳を江 戸麹町の本邸に創祀する。 康和、田原城主となり、 城中に二の丸社を建立し、中興の祖康貞を勧請する。 明治二年十五代康保田原藩知事となり、東京より児島社を二の丸社に合祀する。同十年八月二十九日、田原旧士族一同発起し、旧城二の丸跡に建立して巴江神社と 改称した。同十七年十一月十九日、県社に列格する。 昭和八年四月二十九日、旧本丸跡に社殿造営遷座した。 同三十五年九月十四日、蔵王十番地に鎮座の熊野社 〔室町初期、 明海法印が蔵王山頂に勧請し、寛永十五年 (一六三八) 九月十五日、田原城主戸田忠能が修造。 元 禄十四年(一七〇一) 五月の銘のある額があり、この 時に権現の森に遷座。 明治元年三月二十八日、神仏分 離令により熊野社と改称した〕は氏子僅か九戸となり、 神社維持困難となり止むなく合併配祀する。 平成四年三月三十一日、社殿を改築した。