さしはちまんぐう
佐賀県唐津市佐志中通4014番地
社伝では神功皇后が朝鮮出兵の時、天津神、國津神を鎮祭し、この地で鉾を納め祀ったのが始まりとされる。康和三年(1101)源義家の家臣鎌倉権五郎影政が九州下向にあたり京都石清水八幡宮の分霊を勧請した。