かんなびじんじゃ
広島県府中市出口町745
和銅元年(706年)、備後国に疫病が流行した時、国司佐伯宿麻呂が出雲國の美保大神(事代主神)の御分霊を三室山に奉斎した。その結果、疫病は鎮まり、備後地方の民人は挙げて其の霊験の顕著さに歓喜し、社殿が..
和銅元年(706年)、備後国に疫病が流行した時、国司佐伯宿麻呂が出雲國の美保大神(事代主神)の御分霊を三室山に奉斎した。その結果、疫病は鎮まり、備後地方の民人は挙げて其の霊験の顕著さに歓喜し、社殿が創建された。
事代主神・大国主神・少彦名神
式内社(小)、旧県社
有り