むつむろせんげんじんじゃ(ふなつたいないじゅけい)
山梨県南都留郡富士河口湖町船津6603
江戸時代の富士講の人たちは、富士山に登拝する前日にこの胎内で“生まれ変わり”を体験するのが決まりだったようだ。 その後、御師の家に泊まり神前で祈祷を受けたり、麓の湖や滝といった霊場で禊ぎをしたり、ふ..
江戸時代の富士講の人たちは、富士山に登拝する前日にこの胎内で“生まれ変わり”を体験するのが決まりだったようだ。 その後、御師の家に泊まり神前で祈祷を受けたり、麓の湖や滝といった霊場で禊ぎをしたり、ふだん俗界にいる人間が、神なる富士山の山頂に行きつくには、さまざまな道のりを通らなければならなかったのだ。 1673年には、村上光清(1682~1759)が現在の船津胎内樹型の中でも最も大規模な溶岩樹型を発見し、その内部に改めて浅間大神を勧請するとともに、入口付近に無戸室浅間神社の社殿を建立しました。 洞穴内には、浅間大神の化身であり、富士山の祭神である木花開耶姫が祀られています。 また、船津胎内樹型を含む溶岩樹型は、生命の起源となる母胎の臓器にも似ていることから、やがて安産祈願の対象ともなり、火山が生んだ造形における信仰行為の実践を通じて、人々の間に自然との共生を重視する伝統を育んでいます。
木花開耶姫
延宝元(1673)年
胎内神社
8月1日
富士山世界遺産構成資産(平成25年6月登録)
胎内参拝200円
有り