かずがじんじゃ
宮城県仙台市青葉区八幡2丁目11-16
中世に仙台を治めていた国分氏最後の領主・国分盛重の子・玄性実永が、仙台藩第2代藩主忠宗公 の治世、かつて国分にあった覚性院の再興を願出、小田原(現・六番丁小学校)の地に覚性院と共に遷座、 1町名..
中世に仙台を治めていた国分氏最後の領主・国分盛重の子・玄性実永が、仙台藩第2代藩主忠宗公 の治世、かつて国分にあった覚性院の再興を願出、小田原(現・六番丁小学校)の地に覚性院と共に遷座、 1町名・覚性院の由来となるも、明治の神仏分離により覚性院は廃寺となり、当社は氏子による春日講によって護持運営され祭祀を存続し今日に至る。
天児屋根命・倉稲魂命
無し