創建は宝永七年(1710)のことと伝えられ、『風土記稿』には「白石神社 祭神詳ならず、一に栃ノ宮と云い、小名栃と云所に鎮座あればかく唱えり、村の鎮守とす」と載せている。栃ノ宮という小名は、氏子の口碑によれば、新井白石が名付けたと伝え、その時に自ら植えたのが本殿右手にそびえる栃の木であるとされる。
社伝によれば、新井白石が超畑・奈良梨・篠津の三村五百石を賜り当地に居住し、江戸文化興隆に貢献したので、没後に白石を追慕して栃ノ宮を白石大明神と改称したという。また、白石が当地で生まれたともいわれ、境内の南に隣接する字新井には、白石の居住跡とされる場所もある。白石は宝永六年に幕府に登用されており、当社創建の年も白石の事跡に附会したものであろうか。