このお堂は1986年(昭和61)に再建されたものですが、以前の鬼子母神堂は『安永風土記事(1774年安永3年)』には、いつ、誰が建てたのかわからないとあります。
祭りの行事は旧暦8月15日の夜、限られた家の戸主が、他人に見られないように、人目を避けてお参りします。
祭り日が聖母マリアの被昇天の日であり、幼児を抱く鬼子母神像はキリストを抱くマリア像にも見立てられるし、供え物に添える12膳の箸はキリストの12使徒を連想させます。※境内の案内板より
これらのことから、隠しキリシタン仰との見方もあります。
この鬼子母神堂、建立の経緯は不明との事ですが、すぐ近くには伊達政宗の長女でキリシタン、仰の深かった五郎八姫の館跡が有る事から、く隠れキリシタン信仰)に関わる物なのかもしれません。