くろいわじんじゃ
岐阜県加茂郡坂祝町黒岩字前山1232番地の1
創祀不詳なれども天喜年間御鎮座ありしものにて、古老の伝へる処に依れば、鎮守府将軍源頼義公奥州安倍の一族征伐の砌に二男賀茂二郡義綱中仙道出征の途中神前に詣り戦捷を祈らるると云ふ。本社古来黒石神社又は岩..
創祀不詳なれども天喜年間御鎮座ありしものにて、古老の伝へる処に依れば、鎮守府将軍源頼義公奥州安倍の一族征伐の砌に二男賀茂二郡義綱中仙道出征の途中神前に詣り戦捷を祈らるると云ふ。本社古来黒石神社又は岩神神社と称し、黒色の巨岩上に奉祀す。新撰美濃志に依るも所謂黒岩神社と称するもの即ち是なり。此の黒岩に因りて社宇となり。又地名ともなりぬ。毎年彼岸中日は近郊の男女参詣最も多し。明治維新前頃は誤りて八幡神社と唱へ来りしが、明治四十年四月許可を得て総社神社、八幡神社、厳島神社、山神社を合祀し、さらに村社黒岩神社と復旧せしものなり。
伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 伊邪那美命(いざなみのみこと)
7月14日
石造鳥居 享保六辛丑拾月吉日(1721年)町指定文化財で黒岩神社に対面する山の中腹にある白山神社との両面鳥居で、春と秋の彼岸の中日に石の鳥居をくぐると、無病息災が叶うという信仰から、多くの善男善女が参拝したと伝えられています。