はつしまてんじんじゃ
和歌山県有田市初島町浜151
当社は、学問の神様として広く尊崇される菅原道真公をご祭神とし、古くから有田市初島町浜(旧椒浜村)の産土神として奉斎されてきた。 創建については、『神社明細帳』に「伝ヘ聞ク、当社ハ萬治四年ノ勧請ニシ..
当社は、学問の神様として広く尊崇される菅原道真公をご祭神とし、古くから有田市初島町浜(旧椒浜村)の産土神として奉斎されてきた。 創建については、『神社明細帳』に「伝ヘ聞ク、当社ハ萬治四年ノ勧請ニシテ、山城国北野天満宮ヲ遷座ス、故ニ此ノ所ヲ北野ト称ス」と記されており、境内に残る石碑に「奉備天神御寶前 萬治四年四月吉祥日」と刻まれていることと符合する。 一方、『南紀神社録』には「在椒浜浦、菅原ヲ祭ル、神体ハ木像ナリ、文暦年間棟札ニ天満大自在威徳天云々、元弘二年棟札亦存ス」とあり、鎌倉時代には既に神社が存在していたことを示している。 また『紀伊続風土記』には「祭礼九月十六日なれば天満宮にあらず、天神七代を祭れるなるへし」との記述がみられる。 これらの文献の記述から、古くは天神七代を祭神としてお祀りしていたものと考えられ、鎌倉時代の文暦年間(1234―1235)と元弘2(1332)年に社殿の造営が行われたこと、また、江戸時代の萬治4(1661)年には、造営と併せ、改めて京都北野天満宮から菅原道真公を勧請したことが推察される。 かつては海岸に向かい両側に灯籠を配した参道が延び、神社として整った形態を成していたが、鉄道の敷設と昭和初期の国策による製油工場の開設により境内が縮小された。
現在の本殿は、昭和38年に造営したものであるが、旧本殿を鑑定した結果、小規模ながら優れた建造物であったため、旧本殿を解体し忠実に復元したものである。 また、平成6年には、本殿と表参道の鳥居以外の全ての建造物を改築する大改修事業が竣工した。
菅原道真公
木造銅板葺流造
10月16日
無料
有り