らいごういん
長崎県五島市浜町161
明治初期、西光院の廃寺を最後にお寺のなかった大浜地区は遠い吉田村の明星院に先祖の供養や葬祭をお願いしていたが大変不便であったという。そのため、いろいろ協議がなされ高野山ですでに廃寺となっていた来迎院..
明治初期、西光院の廃寺を最後にお寺のなかった大浜地区は遠い吉田村の明星院に先祖の供養や葬祭をお願いしていたが大変不便であったという。そのため、いろいろ協議がなされ高野山ですでに廃寺となっていた来迎院を当地に招聘(しょうへい)することになり、境内となる田畑はすべて檀信徒が寄付してくれたので実現した。1809(明治23)年のことである。大浜地区住民の約9割は真言宗信徒である。1916(大正5)年新四国88ヵ所の石像が、昭和末期にはボケ防止に効験ありといわれる観音像が境内に安置された。
紫雲山
真言宗
阿弥陀如来
五島八十八カ所第39番
有り