おおたにじんじゃ
和歌山県伊都郡かつらぎ町大谷196番地
以下、和歌山県神社庁公式HPより引用
当神社の現社地は元来草田明神の鎮座地であったが、明治10年8月に村内の4社を、更に明治43年4月には同じく11社を合祀して大谷神社となった。 然し、当社..
当神社の現社地は元来草田明神の鎮座地であったが、明治10年8月に村内の4社を、更に明治43年4月には同じく11社を合祀して大谷神社となった。 然し、当社にはその由緒等を証する確たる文書記録がない。 只僅かに民間に残存する古文書等よりその記録を摘記して見よう。 ○宝永5(1708)年了の5月、伊都郡丁ノ町組大産出写(中谷本) 「大谷村 宮八社内 四社 篠田大明神 相殿三社、壱社、壱社、壱社(相殿三社) 壱社弁財天 壱社大宮大明社 壱社草田明神 壱社関之明神」 「大藪村 宮六社内 壱社天照大神 壱社右同断天照大神 壱神(相殿五社丹生明神)壱社(相殿二社丹生明神)壱社天神壱社弁財天」 「柏木村 宮三社内 壱社(相殿三社神体不詳)壱社弁財天 壱社神体不詳」 ○天保10(1839)年(仁井田好古稿) 「草田明神社(大谷村) 社地周二十六間、村の東にあり、草田某を祭るといふ、此宮もとは村中小宮莊左衛門といふ者支配せしとぞ」 「篠田明神社(大谷村) 境内周四百八十間、村の乾にあり社地広く松樹茂密にして古祠と見ゆ」 「伊勢両宮(大藪) 境内周五十間、村の艮加陀山にあり、土人内宮外宮になぞらへて建てしといふ」 これらの記述により合祀前の各祉の幽邃深遠さは神々しいものであったと思う。 (社叢) 現神社の玉垣内にある椋の木は円周4m30㎝、樹令推定170(180)年。 更にこの古木の先代椋は現存すれば推定400年以上という、僅かに断片を保存する。 今後は植樹などにより愈々境内を荘厳していきたい。 (例祭等) 例祭は5部落の氏子の総意により神官、氏子総代13名の出仕、各団体代表、篤信者の参列で斎行。 又部落別持廻りの餅練込み、神輿、子供みこし渡御他。 1月9日・10日の恵比須神の祭礼は周辺各市町村のお参り、又元旦の初詣は大賑わいを呈している。