えびすじんじゃ
奈良県御所市中央通り2丁目
当神社は、約千二百年前の奈良朝時代に御所村と呼ばれる集落の氏神として御所神社と名付けられていました。それから約八百年後の慶長五年に関ヶ原の合戦で功労のありました桑山元晴氏が、この地方に城を構え二万八..
当神社は、約千二百年前の奈良朝時代に御所村と呼ばれる集落の氏神として御所神社と名付けられていました。それから約八百年後の慶長五年に関ヶ原の合戦で功労のありました桑山元晴氏が、この地方に城を構え二万八千石の領主となり、御所町と改められ城下町として商工業の発展に意を注ぎました。 大小の商家が軒を並べ、現在の御所市の基盤をつくりあげました。当時これらの商家が商売繁昌の守り神の「事代主命」を祀ることを発起して、蛇穴村にあった木彫恵比須座像を移して安置され、それまでの御所神社は恵比須神社と呼ばれるようになりました。 今回の御造営で社殿天井裏より発見されました棟札によりますと、嘉永七年の造営と記されています。昭和九年の都市計画により、南方五十米にあった境内は道路になり現在地に移されました。その後、社殿は老朽化が進んだために、鳥居、石燈籠、記念碑などを残して平成三年二月に御造営されました。