みやどはちまんしゃ
大分県竹田市大字次倉2525
此の地を鬼原と謂ひ、樹木繁茂に昼尚暗く、鬼様のもの棲み、屢々村里に出て里人を害す。大伴金麻呂この状を朝廷に奏上す。持統天皇、宇佐八幡に祈願し鬼様のもの退除鎮護のため宇佐八幡を勧請を勅す。これにより里..
此の地を鬼原と謂ひ、樹木繁茂に昼尚暗く、鬼様のもの棲み、屢々村里に出て里人を害す。大伴金麻呂この状を朝廷に奏上す。持統天皇、宇佐八幡に祈願し鬼様のもの退除鎮護のため宇佐八幡を勧請を勅す。これにより里人の危害全く熄み、住民安堵す。よってこの宮を勅願の宮と謂う。 社地は小黒山雄亀の丘、社号は、当初は鬼原神社、中古宮砥宮、後宮砥神社、健速須佐之男命は創建時より配祭せられたと古老は伝う。
應神天皇 (配祀)須佐之男命
郷社
持統天皇八年八月十五日(六九四)
宮砥荒神様
竹田市街地から南西に10数kmの山間部次倉にあります。県道8号線から緒方川に架かる朱の欄干の宮瀬橋をわたり山道を1Km弱です。